コラム詳細
愛知のデフアスリートとして世界を制すること ~ デフリンピック金メダリスト 石田考正選手インタビュー~
愛知のデフアスリートとして世界を制すること
~ デフリンピック金メダリスト 石田考正選手インタビュー~
※このインタビューは、事前に、メールで石田選手に質問内容をお送りし、ご回答をいただいた上で、2022年8月31日(水)の「愛知県スポーツ顕彰(スポーツ功労賞)授与式」の開式前に、愛知県公館で、手話通釈と筆談で行ったものです。
【石田選手の主なプロフィール】
氏 名:石田考正(いしだ たかまさ)
年 齢:35歳
所 属:EYストラテジーアンドコンサルティング株式会社(EY Japan)
出 身:大阪府
住 所:愛知県岡崎市
競技種目:陸上競技 ハンマー投げ
主な経歴:生まれつき聴覚障害がありながら、陸上競技に取り組み、夏季デフリンピック競技大会のハンマー投げ競技では、2009年の中華台北大会で
7位入賞、2013年のブルガリア大会で4位入賞、2017年のトルコ大会で銅メダルを獲得し、2022年のブラジル大会で金メダルを獲得。
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大参課長:
本日は、大変お忙しいなか、貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございます。
私は、愛知県庁のスポーツ局、競技・施設課の課長で、オオミといいます。
私たち競技・施設課では、地元アスリートの発掘・育成・強化ですとか、障害者スポーツの推進などに取り組んでいます。
そのなかで、障害のある方も、ない方も、誰もが『する』スポーツの情報を発信・共有できるオンラインの場を創ろう、ということで、昨年、『aispo! Do!』というポータルサイトを立ち上げました。
本日は、この『aispo! Do!』に掲載する記事として、愛知が誇る世界一のデフアスリート、石田選手にインタビューさせていただきます。
テーマは、『愛知のデフアスリートとして世界を制すること』です。
どうぞ、よろしくお願いします。
『夢や活力を与えていきたい』
~石田選手にとっての『愛知』~
大参課長:
最初に、『愛知』に焦点をあてて、お話を伺いたいと思います。
石田選手は、大阪のご出身で、高校生までを大阪で過ごされたそうですが、今は、愛知の岡崎市にお住まいですよね。
私は、岡崎市の隣にある安城市で暮らしておりまして、岡崎も慣れ親しんだまちです。
石田選手が、岡崎にお住まいになられた切っ掛けについて、教えてください。
石田選手:
今はもう無くなりましたが、当時はハンマー投げの練習が出来る競技場(岡崎総合運動場)があり、近くに引っ越しました。
大参課長:
石田選手が、5月にブラジルで開催されたデフリンピックで金メダルを獲得されたことについては、後ほど、詳しくお伺いしたいのですが、岡崎市は、石田選手の金メダル獲得に沸きました。市役所には、横断幕がかかり、等身大のパネルが設置されて・・6月には岡崎市民栄誉賞を受賞されました。
そして、今日は、知事から愛知県スポーツ功労賞が授与されます。
本当におめでとうございます。
石田選手の活躍が、岡崎市のみなさん、愛知県のみなさんを、明るく元気にすることについて、どのように感じておられますか。
石田選手:
うれしく思います。
そのきっかけで、もっと明るい岡崎になるといいなと思っています。
微力ではありますが、夢や活力を与えていきたいです。
『心がけていることは、人に感謝する気持ちを持つこと』
~『デフアスリート』としての石田選手~
大参課長:
次に、『デフアスリート』に焦点をあてて、お話を伺いたいと思います。
まず、デフリンピックについてです。
デフリンピックは、聴覚に障害のある方の世界最大の総合スポーツ大会で、4年に1回開催されています。ろう者を表す英語のデフ(Deaf)とオリンピック(Olympic)を合わせた言葉ですね。
主催は、国際ろう者スポーツ委員会で、石田選手が金メダルを獲得されたブラジル大会は第24回大会になります。
このブラジル大会は、77の国と地域から、選手・関係者4,000名以上が参加して、陸上競技を始めとする21競技が実施されました。日本代表選手は95名で、このうち、愛知県にゆかりのある選手は10名おみえになりました。約1割ですね。
石田選手は、今回のブラジル大会を始め、2009年の中華台北大会、2013年のブルガリア大会、2017年のトルコ大会にも、日本代表としてご出場されていますが、石田選手にとって、4年に1回のデフリンピックは、どのような大会ですか。
石田選手:
4年に1回しか行われない大会なので、特別な大会でもあります。
目標をしっかり立てられますし、いろんな人との交流ができるので、楽しいデフリンピックです。生きる力にもなります。
大参課長:
デフリンピックの出場資格は、日常生活で使用している補聴器や人工内耳を外した状態での聴力が55デシベルより大きい(55デシベルより大きい音しか聞こえない)ことが基準になっています。日常会話が聞き取れるかどうかという程度でしょうか。
普段から補聴器や人工内耳を着用している選手は、競技会場では外さなければならない。競技中だけでなく、練習中も外さないといけないそうですね。
石田選手は、健聴者の大会にも出場されていますが、デフリンピックの特徴といいますか、健聴者の大会とは違うところ、見どころ、注目ポイントなど、教えていただけませんか。
石田選手:
日常会話が聞き取れるかどうかという程度か・・というのは、いい質問ですね。それは人による・・です。
たとえば、デシベル100の人でも口話でのコミュニケーションが取れる人もいれば、取れない人もいます。逆にデシベル60の人でも口話でのコミュニケーションが取れない人もいます。
私の場合はデシベルが100くらいで、補聴器を使えば音は聞こえるようになりますが、口話でのコミュニケーションは出来ません。音が聞こえていても、何を言っているのかは、全く聞き取れません。
ちなみに、デフ陸上の注目ポイントは、走る種目のスタートランプです。
スタートランプとは、耳が聞こえなくてもスタート合図が目で分かるように視覚化したものです。そのスタートランプを使用することでスタート遅れを防ぐことができます。
大参課長:
次に、石田選手が金メダルを獲得された競技「ハンマー投げ」についてです。ハンマーの重さは7.26キログラム。2.135メートルの狭いサークル内から、約1.2メートルのピアノ線でつながれた金属球を大きく振り回して加速させ、グリップを離して投げ放つ競技ですよね。
この競技の醍醐味といいますか、魅力について、教えていただけませんか。
また、聴覚に障害があることは、この競技に、どのような影響があるのでしょうか。
石田選手:
回転スピード、力強いフィニッシュがポイントですね!
あと、世界記録のラインを超えるところにハンマー(鉄球)が落下する瞬間が1番盛り上がると思います。
競技への影響はあまり感じたことはありませんが、練習への影響は、多少あると思います。
大参課長:
さきほど、石田選手が岡崎にお住まいになられた当時は、岡崎総合運動場でハンマー投げの練習が出来たとお伺いしましたが、今は、そういった環境も無くなってしまったのですよね・・
ハンマー投げは、練習できる環境も限られてくると思いますが、石田選手は、普段、どのような練習をされているのでしょうか。
また、アスリートとして心がけていることがあれば、教えていただけませんか。
石田選手:
愛知県では個人利用(一人での練習)できる場所はありません。
ですので、静岡県にあるエコパ投てき場まで行って練習しています。
それから、心がけていることは、人に感謝する気持ちを持つことです。
大参課長:
デフリンピックは、オリンピック・パラリンピックと比べて、まだまだ知名度が低く、企業などの支援がなかなか受けられないそうですね。
国際大会への出場や練習用具の購入などで、多額の自己負担が必要になるため、仕事と競技の両立で、じっくり練習に打ち込む時間がない選手も多くおみえになるとか。
石田選手が感じているデフアスリートの現状や、今後、こうなって欲しいというような思いがありましたら、教えていただけませんか。
石田選手:
デフリンピックの知名度がまだまだ低いので、多くの人に知ってもらえるように活動をする必要があると思っています。
他に、選手の活動だけでは足りないと思いますので、メディアや政府などももっと動いてほしいと思っています。
『金メダルは絶対に持って帰る!という気持ち』
~『世界を制した』石田選手~
大参課長:
では、いよいよ『世界を制すること』に焦点をあてて、お話を伺いたいと思います。
2021年5月に、ブラジルのカシアス・ド・スルで開催された「第24回夏季デフリンピック競技大会」の陸上男子ハンマー投げで、石田選手は、見事、金メダルを獲得されました。本当におめでとうございます!
2009年の中華台北大会では7位入賞、2013年のブルガリア大会では4位入賞、2017年のトルコ大会では銅メダルでしたので、大会ごとに順位を上げられて、まさに大会ごとに進化されて、ついに今回のブラジル大会で頂点に立たれたということですよね、
今回のブラジル大会で、念願の金メダルを獲得されたこと、この競技で世界を制されたことについて、石田選手の率直なお気持ちを聞かせてください。
石田選手:
ハンマー投げを始めた時から世界記録更新を目指していました。今回の金メダルはもちろん嬉しいことです。でも、まだ通過点だと思っています。世界記録更新を目標に引き続き練習に励んでいきたいと思います!
大参課長:
男子ハンマー投げの決勝は5月9日でしたが、この日、体調やメンタルなど、今日は勝てる、というような感触はあったのでしょうか。
石田選手:
ありました!金メダルは絶対に持って帰る!という気持ちです。
大参課長:
この大会の銀メダリストは、同じく日本選手で、森本真敏選手でした。
森本選手は、2009年の中華台北大会の金メダリストですし、デフ世界記録保持者ですよね。森本選手に勝っての金メダル獲得というのは、石田選手にとって、どのような意味がありますか。
石田選手:
大きな意味があります。勝ち取ることで自信を持つことができる、それがステップアップであり、次の目標が見えてくるようになりますし、新しい目標に向けて動き出します。
大参課長:
さきほど、森本選手について触れさせていただきましたが、この大会の金メダリストである石田選手の記録は58.21メートルでした。
進化を続ける石田選手にとって、森本選手が持つデフ世界記録63.71メートルという距離は、まだまだ遠い距離なのでしょうか、それとも、もうすぐ手が届きそうな距離なのでしょうか。
石田選手:
あとどのくらいで超えるか私にも分かりませんが、自信はあります!
大参課長:
この大会で、石田選手を含む日本選手団は、金12個(ちなみに、石田選手は11個目でした)、銀8個、銅10個の計30個と、過去最高のメダル数を獲得されました。本当に素晴らしい成績でした。
一方で、残念なこともありました。
大会の会期は5月15日までだったのですが、日本選手団149名のうち、新型コロナウィルスの陽性者が23名に上り、5月11日以降の全競技を出場辞退することになりました。苦渋の決断だったと思います。試合ができず帰国された選手もおみえになり、大会が1年延期されていたこともあって、選手の皆さんにとっては、本当につらいことだったと思います。
今回のブラジル大会の日本選手団の大活躍について、そして、会期途中での選手団帰国について、石田選手はどのように感じておられますか。
石田選手:
多くは語れないですが、連絡を受けた時は悔しい以外の言葉が見つからないくらい悔しかったです。
大参課長:
現在、デフリンピックの日本初開催を目指して、2025年の夏に予定されている第25回大会の招致活動が行われていますよね。
石田選手にとって『デフリンピックの自国開催』は、どのような意味がありますか。
石田選手:
意味ですか・・日本でデフリンピックが開催されるとしたら、とても嬉しいことですね。デフリンピックは、まだ知名度が低いですから、リアルタイムで見ていただける、刺激を受けていただける、そういった意味では、とても楽しみです。
耳が聞こえない小さな子どもたち、スポーツが好きな人たちが、デフリンピックに触れて、将来、デフリンピックを目指すアスリートが増えるといいですね。
大参課長:
この日本大会で、石田選手が世界記録を更新する瞬間を見たい!と思います。意気込みを聞かせてください。
石田選手:
今回のブラジル大会で金メダルが取れました、次は世界記録しかない!と思っています。練習でも、世界記録には、まだ3メートルほど足りないのですが、世界記録を出す体力はあります。あとは技術。もっともっと練習すれば、世界記録には届くと思っています!
『一番大事なのは、どんな困難にぶつかっても決してくじけないこと、何度失敗してもあきらめずに、目標に近づいていくこと』
~石田選手からのメッセージ~
大参課長:
最後に、石田選手の今後の目標について、今のお気持ちを教えてください。
また、障害のある方々や、デフリンピックを目指して頑張っているデフアスリートの皆さんに、メッセージをお願いします。
石田選手:
目標は世界記録を更新することですね!
目標に向かって努力することは素晴らしいことです。
一番大事なのは、どんな困難にぶつかっても決してくじけないこと、何度失敗してもあきらめずに、目標に近づいていくことです。
大参課長:
本当にありがとうございました。これからも応援しています。
では、これから、愛知県スポーツ顕彰の授与式ですね。
知事から、直接、表彰楯を授与していただきます。
よろしくお願いします。